お年寄り

 年を重ねていくと誰でも体が衰えてきます、老化のスピードは一人一人異なり、肉体的変化や精神的変化を伴います。この肉体的、精神的な変化をみると、筋力の低下は、運動能力を妨げ、骨折を引起します。また、骨においても骨粗しょう症に代表されるように、骨はスカスカになり、より骨折しやすい状態になります。

 運動神経も低下し、転倒しやすくなっています。回復力も弱いため、骨折するとなかなか完治せず、ベッドの上での生活が長くなると寝たきりなる場合があります。また、感覚が著しく低下してきます。高齢になるほど耳は高音が聞き取りにくく、聞き分ける力が低下します。そのため、高齢者と接する際は、低い声でゆっくり、はっきりと話してあげる必要があります。

 感覚も低下しているため、病気やケガに気づくのが遅れ、化膿したりすることが多くあるのです。そして身体的な低下、運動能力の低下、視力や聴力の低下、意欲や気力の低下は老いを自覚するものです。老いのストレスは大きく性格を変える要因になります。

 しかし、よく本や色々なホームページなどで介護を必要とする高齢者の説明で「記憶する力が低下すると、失敗を恐れ会話がすくなくなる」、「好奇心をもって取り組めなくなる」「老人がふさぎこむ理由に自分の記憶能力の低下を意識している場合がある」「お年よりは遠慮深い」などの記述をみますが、これは正しくはありません。

  人は千差万別で今まで生きてきた経験やその人本来の性格によるところが大きいのです。

  まず「記憶する力が低下すると、失敗を恐れ会話がすくなくなる」などというのは、元々の性格が大きく、逆に「記憶する力が低下すること自体を認めず頑固に話す」人はたくさんいますし、「好奇心をもって取り組めなくなる」のではなく「そのものに好奇心が沸かないから取り組まない」だけかもしれません。「遠慮深い」というのもまったくいい加減で、閉じこもりがちな人は社会性が乏しくなるため通所福祉施設などに来ると「わがままな人」が多い傾向があります。

  さらに脳の萎縮や脳梗塞の後遺症により感情を司る部分にダメージを受ければ今まで「おとなしい人」でも「暴力的な人」になってしまうかもしれません。

  誤解のないように書きますが、確かに「遠慮深く、記憶力の低下を気にして会話が少なく、そして好奇心もって何事にも取り組めなくなる」という人はいます、しかしこれは決してただ単に、「お年より」だからではなく、今まで生きてきた経験やその人本来の性格によるところが大きいのです。

  そして実際の現場ではそれだけ様々な人たちを介護するのです。そのときに「お年寄りとは、○○だ」と決め付けずまず、その人、一人一人の生き方を尊重し、話を聞くことだと思うのです。